青梅の川井玉堂美術館へ行く機会がありました。
美術館は青梅線御岳駅近く、多摩川沿いの静かな場所にあります。たまには静かに画を観るのも良いものです。玉堂は岡倉天心、横山大観らの創立した日本美術院にも参加し、美術学校教授等、日本画壇の中央を歩んできた人物です。美術館横、いもうと屋のおぼろ豆富膳は和洋折衷の様な膳で結構美味しくいただけますよ。
日本美術院と言えば、茨城県五浦(いづら)の天心記念美術館、六角堂。以前も訪ねた場所ですが、もう一度日本近代美術の幕開けを観てくることにしました。
日本美術院創立の裏には「美術学校騒動」、(岡倉天心帝室美術館美術部長・美術学校校長排斥事件があります。詳しいことは分かりませんが天心を非難する怪文書が出たりして、天心は辞職することになり、多くの教授陣が一緒に行動をすることになりました。次期校長らの慰留行動がありましたが、1898年、横山大観、橋本雅邦等と、すぐに日本美術院を創立することになるのです。当初は谷中にありましたが、後に北茨城の五浦に天心が別荘を建て、そこを拠点として活動を続けたのでした。

六角堂はとても景色の良いところにあります。遠景は特にすばらしいですね。

南側の断崖

北側をのぞむ
岡倉天心は官僚として美術学校校長に赴任した人物なんですね。当時の日本画は輪郭表現が主でしたが、天心等は朦朧派といい、濃淡で表現をしていく新しい手法を展開していきました。しかし、なかなか始めは受けいれられなかったようです。美術院は一時衰退、解散状態でしたが、1914年に大観等が再興し、現在につながっているのです。

北茨城を北上すると小名浜となります。
ここ いわきサンマリーナはじーじが時々マイボートを下ろすスロープを借りるマリーナです。ここのレストランのパスタは結構美味しいですよ。
おいら岬の・・・、あの「喜びも悲しみも幾年月」の舞台となった塩屋崎灯台は小名浜をさらに北上するとあります。
じーじは女優の高峰秀子さんが大好きで、この映画や「二十四の瞳」、何度も観ましたよ。中学校の時、高峰さんの編集した「夢と希望」と言う障害を持った子どもの詩集を読んで感銘し、今の仕事につながってきたと言えないこともないのです。
ところで、この「喜びも悲しみも幾年月」のレコード持っていますよ。若林彰さんが歌っていましたね。じーじはとても上手に歌えますよ。
こんな波を見続けていると、映画の一場面がまぶたに写ります。じーんと来ます。




