月別アーカイブ: 2020年9月

手術前に一手間、ライトケース磨きの巻

 白内障手術日は休みを取っていたので、午前中一手間。  昨年のイーハトーブ・ツーリングトライアル大会競技者ナンバープレートを、ライトケースに貼り付けたままになっていましたが、剥がすことにしました。

 剥がし後が汚かったので、以前のクリア塗装を含めて綺麗にすることに。 番手を上げて水研ぎ。

 最後は車用バフがけで綺麗に。

 深い傷はとれませんが、まあまあ綺麗になりました。 

 作ったステッカーを貼って出来上がりです。 ただ、プリンターをお安いエプソンに換えたら、思った色が出ません。キャノンが良かったな・・・。(急な故障で買いに行きましたが在庫がエプソンしかありませんでした)

Fフォークボトムケース研磨等の巻

 今回はフロントフォークのボトムケース、リアクッション等を洗浄研磨することにしました。

 写真のような現状。

 サンダーと120番の粗めで磨きます。 その後、番手をあげて水研ぎ。 アルミ無垢で仕上げます。

 傷取りは浅い物だけにしておきました。 インナーは以前アワーズさんに頼んで再メッキしたので、ブリッジが噛む部分をサッと磨いて終了です。

 リアクッションはスプリングはそのまま、洗浄だけで済まします。稼働状況は問題なし。トライアル中断の20年前にはスプリング外し工具を持っていましたが、手放してしまい今は無し。力業はもういいかな。 このクッションにはコサカさんの長さ増しキットが付いています。ご本人に伺ったら、エンジン髙を若干上げるために作ったらしいです。今では珍しい部品ですね。

 先日塗装したエアークリーナーケース・プロテクター板の固定ビスが2本欠、で作ることに。

 結構短いビスだったので、似たような物をグラインダーで削ることにしました。左:削る前 中:削った物 右:純正

 はい、出来上がりです。  さて次は何? ですが、今日右目の白内障手術なので、作業は一時中断かな。

TLR200、ハンドルバーの換装、他の巻

 先日、馬場師匠からWASSELL社(英国)のバーを貰いましたが、TLRのバー塗装が剥がれてきたので換装することにしました。

 バーの長さが84cmほどありましたので、2.5cm両端をパイプカッターで切り、79cmにしました。

 ルーターでバリを取って、グリップラバーをはめ込み出来上がり。

 洗い油につけ込んでいたチェーンですが、金ブラシで錆・汚れを取り、洗浄してオイルづけにしました。 フレーム塗装が出来上るまでね。

 さて次は、フロント左右のボトムケース磨きかな。

TLR200バラバラの卷

 TLR200のフレーム塗装をすることになりました。 で、バラバラに。しかし、スィングアームのピボットボルトがカラーと固着してなかなか抜けず、CRCを吹き込んで、困ったときの「アワーズ」さんに持ち込む。 するとやはりプロ、すぐに抜くことが出来ました。ネジ山も切り直してくれ、感謝です。

 部品の置き場所に困りますよね。 とりあえずはハイエースの中に入れ込んで、写真のために主要な物だけ取り出す。

 オリジナルに戻すことは無いので、サイドカバー取り付けホール等不要部位をフレームから切り取りました。

 今回、フレーム塗装は知り合いの板金屋さんが超格安で対応してくれるというので、それなら プロの方が、と言うことになりました。タンク緩衝材のスポンジを取り除いて出すことに。

 まだ使える部品は洗浄してオイル漬けにします。

 エアークリーナーケースはお湯と洗剤で洗浄。

 ケースはバフがけの後クリアー塗装、プロテクター板はシルバー塗装しました。

 フレーム塗装が出来上るまでに、やることが沢山あります。それも楽しみですね。

TLR用スィングアームの巻

 K沢日曜日の常連さん、齊藤さんのバイアルスは随分と作り込んでいます。マフラーはランドネを改造し自家溶接。リアホイールはチューブレス仕様。タンクは多分アルミでしょうね。エンジンは144ccにボアアップ。 シャツもバイアルスですよ。 乗り味はとても良いそうです。

 日曜日組は、と言うより年寄りライダーは話し好き、すぐにバイク談義、ですね。

 今回は私、術後走行無しなので車で行きましたが、その訳はこのTLR用スィングアーム。齊藤さんがオランダから個人輸入した物、これを分けてもらうことになったのです。 

 スィングアーム本体とチェーンテンショナー、サイドスタンド等が付属しています。 オランダのATG、元々自転車のフレームビルダーで、オートバイに進出した個人ビルダーとのこと。純正スィングアームにはフォークカラーにピボットスラストブッシュを入れ込んだだけなのですが、これにはベアリングを内蔵させ、動きを良くしているとのことでした。 装着がたのしみですね。 記事は後日掲載予定です。

 スウィングアームが新品になると、フレームも再塗装かな。大分剥がれて、錆も出てきましたからね。迷うところです。

ツートラ用ジェルクッション2作目の巻

シートを載せてみました

 ツーリングトライアル用のジェルクッション・シート、試作品を改良して作ることにしました。

 材料は、左上:ソフトスポンジ(クッションの上に貼る) 右上:やや硬スポンジ(クッションベース) 左下:合皮布(表用) 右下:ジェルクッション(試作品の残り)  

 試作品のジェルクッションだけのシートではお尻を支える面積が狭く、効果が思ったほどありませんでした。で、上下にスポンジをプラスし、少し大きめに、と言うことで作業に入りました。

 ベースをタンクシェルターシート部に合わせてカット。2つ分とれます。

 ジェルクッションの中央部が薄くなっているので均一にします。

 3層のクッション。

 上下のスポンジには両面テープが付いているので、上側ソフトをまず合皮にピッタリ貼ります。次にジェルとベースを載せて、ベースの両面テープで合皮を借り止めします。

 裏側にカット合皮を両面テープでしっかり押さえ貼り、

 出来上がりです。 

 マジックテープでシェルターに装着しました。 試走状況はまずまず、お尻に意識が行かなかったので、それは良い証拠でしょうね。

ショートパワーレバー作製の巻

上:現使用のエトス製ショート 下:TLR純正品 

 ショートパワーレバーの在庫が一本だけになったので、純正レバーを削って作ることにしました。

 現在在庫のレバー4種です。 上の少し反っているのがTL125フィールドトリッパー純正品。 上中がTLR200の純正品。 下中はエトスのショート。 下がホンダ旧車コンペ用太目ショート。

 現使用エトスショートに形状が似ているTLR純正品をカット。

 グラインダーで削り成形し、塗装を取りアルミ無垢にします。

 結構綺麗に出来ましたね。

 装着。 暫く使って様子を観ましょう。

ステアリング・トップスレッドの締め付け、白内障の巻


 TLR200、エンジンを載せ替えてからいろいろ整備し、ハーネス配線も導通OK、ツーリングトライアル風で乗り出せることにとなりました。今回は最終工程。

 フロントブレーキを掛けるとカックンとステアリングが少々動くので、締め付けを行うことにしました。 まずはバーを外し、30mmロックナットを緩め、トップブリッジを外します。

 トップスレッドが緩んでいましたので、締め付けます。

 バーライズキットを締めて、バーを固定し出来上がりです。 これでいつでもツートラ風に出かけられます。 

 が、昨日左目の白内障の手術をし、まだ右目も月内に行うので、ちょっとの期間草トラ練習はお預けです。老化現象と草トラ紫外線の影響か・・・。 教室もオペ日はお休みさせてもらいました。 ただ、今日の受診で眼帯を取り、よく見えるようになっていたので、これは楽しみですよね。

 この間はもったいないので、ジェル・クッションを使い、2作目のツートラシート、それからショートパワーレバーを作ってみようかな。また忙しくなりそうです。

河岸段丘 川沿いを走るの巻その3(久兵衛土堤)

 日曜日、前日深夜まで雨だったので、きょうはゆっくりと出かける。 K沢は日曜日組がたくさん来ていました。 写真はじ~じのTL125フィールドトリッパーと全く同じ、タンクシェルター・アルミタンクまで同じです。フレームは青から赤に塗り替えてますね。

 ファンティック240とバイアルス、どちらも綺麗に仕上げています。

 さて、きょうも川沿いの小道を走ります。 こんな未舗装路もありますよ。

 小さなダムの土手も通ります。

 久兵衛土堤の碑です。

 治水事業に貢献した民間人 久兵衛さん を讃えた碑です。 相模川も多摩川と同じように暴れ川、昔は水量が多かったのでしょうね。

 前回の狸菩薩の祠です。 私もいろいろ故障しているので、お参りさせてもらいました。

 Sヶ島へ移動して、第1練習場へ。 結構知り合いがもう来ていました。 先日の五段を紹介すると、早速仲間がトライしていました。私より上手かったな・・・。

河岸段丘 川沿いを走るの巻その2(ひの坂謂れ付き)

静かなK沢

 華金、早朝K沢へ。 準備運動をして練習に入る。 しかし最初の想定セクションで、左膝がギクッ! これはちょっとまずいな・・・。 少し歩いて様子を観るが、無理しなければ大丈夫そう。 で小一時間軽めに練習してSヶ島へ移動。

 今日も段丘上・土手上の川寄りの小道を走る。良い景色です。

 前回も登ったつづら折りの坂道、「ひの坂」と言うのだそうです。名前が付いているのですから、何かいわれがあるのでしょうね。 → 調べてみました。(相武電鉄浅間森電車庫付属資料館HPより)

「火の坂」とも言われるこの坂には、次のような伝説が残っています。
 昔、この坂の上に綿糸を紡いで暮らしていたお婆さんがいたそうです。
 ある秋の夜、『今夜は寒いので、暖をとらせて下さい』と言う声に、お婆さんが戸を開けると、見知らぬみすぼらしい男が入ってきて、何も言わずに囲炉裏端に座り込んで暖をとり始めました。お婆さんは『こいつはタヌキだな』と思いましたが、何も言わずに暖をとらせてやったそうです。
 その男に化けたタヌキは、それから毎日のよう勝手に上がりこむと我が物顔で囲炉裏の火にあたり来るようになり、そのうち、化けるのが面倒になったのかタヌキの姿のままでやってくるようになりました。
 さすがにお婆さん、その傍若無人な振る舞いに頭にきて、ある雪の晩、いつものように囲炉裏端で居眠りを始めたタヌキの股座めがけて囲炉裏の火を投げつけます。
 タヌキは火だるまになって外に飛び出し、そのまま坂道をころころ転がり落ちるて息絶えてしまったそうです。
 タヌキが転げ落ちていった坂の道端の草が黒く焦げていたことから、誰ともなく「火の坂」と呼ぶようになったと言われています。

 ところで坂のふもとにある洞窟には、小さな祠が収められています。
 やはり、この祠も先ほどのタヌキの伝説と関わりがありました。
 大正末期、この近くにある水車場に江成さんという夫婦が住んでいました。この江成さんの奥さんのおもとさんが原因不明の病気にかかり、医者に見せても薬を飲ましても、一向に回復する気配がありません。
 江成さんは、信心している妙法行者に祈祷してもらうことしました。
 すると、タヌキの精霊と名乗るものが出てきて、『わしは、ひの坂で火だるまになって死んだタヌキの霊である。なかなか成仏できぬ故、わしを狸菩薩として坂の下に祭ってもらえないだろうか。そうすれば、病を治してやろ。』と告げました。
 そこで江成さん夫婦はお告げのとおり、狸菩薩の祠をつくりました。すると、おもとさんの病はたちまち治ってしまったそうです。
 この話が近隣に伝わると、大勢の人々がお参りに来るようになりました。そこで、坂道を通る人の邪魔にならないようにと、穴を掘って祠をその中に移し今のような姿となったとのことです。

 前回の祠と関係がありましたね。

 そして、突然出てくる白馬、前回も最初何だ? と思いましたが、今回は写真に収める。隣のゾウさんが居なくて、丸太の柵であったら遠目では本物に見えますね。

第1練習場の五段

 Sヶ島第1練習場では初めて五段に取り組みました。 膝の調子が今一つなのできょうは三段まで。

 第四まで移動して練習、帰路につく。

 ツーリングトライアル風は狭い道も入ることができ、気になった場所は写真をパチリ、なかなか楽しいのですよ。